ARToC10アーカイヴ

 

中高生育成事業「KOKO TO SOKO」

月灯りの移動劇場

中高生育成事業「KOKO TO SOKO」

その昔、中川運河に停泊していた船をモチーフにした巨大な舞台美術を中川区の地域の職人と共に作り上げ、オーディションにより選考された地元の中高生が教育的プログラムと延べ90日間の稽古を通し、単なる発表会のレベルを凌駕した、プロが演じるレベルの舞台公演が上演されました。

 

【会場】

 リンナイ旧部品センター駐車場 特設野外劇場

 

【日程】

 ●9月18日(金)19:00~

 ●9月19日(土)19:00~

 ●9月20日(日)19:00~

 ●9月21日(月・祝)19:00~


 

2020年秋、中川運河沿いのリンナイ旧部品センター内特設野外劇場で上演された、地元の中高生らによるダンス公演「KOKO TO SOKO」。演出・振付・指導を行ったダンサー・浅井信好さんは、ダンスカンパニー「月灯りの移動劇場」を主宰し、これまでARToc10との連携事業としてさまざまなイベントや公演を実施。地域の中高生の育成や文化の発展に力を注いできました。今回は、2017年に浅井さんが中心となって中村区・黄金に開設したダンススタジオ「ダンスハウス黄金4422」にうかがい、今公演を振り返りながら地域におけるアートの役割、これからに期待することなどについてお聞きしました。

この度の舞台は、野外の特設会場ということを忘れてしまうような幻想的な演出のもと、見応え充分な素晴らしい内容でしたが、出演した中高生たちのほとんどがダンス未経験だったと知って驚きました。

 

6人のうち一人だけは僕の弟子で、あとはほぼ未経験の子たちばかりでした。オーディションからおよそ半年間、厳しい稽古はもちろん、ディスカッションやワークショップなどを何度も重ねて本番に臨みました。そのプロセスではさまざまな紆余曲折もありましたが、目標に向かって汗を流した濃密で充実した時間は、彼女たちのこれからの人生にとって貴重な経験になったのではないでしょうか。

運河沿いの倉庫の駐車場という空間、日常の中に非日常が繰り広げられるシチュエーションも非常に印象的ですね。

 

野外の良さは、すぐ隣に日常があるということなんです。そもそも芸術は非日常を作り出すもので、僕の場合は特に、視覚的に認識できない風景をダンスによって表現する、例えば「空気の流れ」やそこにはない「海」をあたかも存在しているかのように見せるのがテーマです。人々の想像力をフルに働かせて、見えるはずのない風景をその場につくるわけですが、劇場のような場所であれば余計な音や光を遮断できるので比較的簡単なんです。しかし野外ではそれができません。見ているみなさんにとっては日常と隣り合わせだからこそ、非日常のなかにいることに気づきやすく、作品の完成度が高いほど没頭できるというメリットがあります。ただ演じる側はとてつもなく厳しい鍛錬が必要で、それを子供たちに求めていくのは大変でした。

浅井さんはダンサーとしてのご自身の活動だけでなく、子供たちの育成にも力を入れていますが、そこにはどんな思いがあるのでしょうか。

 

中高生の子たちはあまりにも無垢で、真っ白なキャンバスのように無限の可能性を秘めています。大人である僕らには、そこに“魔法”をかける役目があると思うんです。大人の言葉は時に魔法のような力を持っていて、ある時、何気なくかけられた一言がその子の人生に大きな影響を与えることがあります。子供の頃の僕にもありました。おかげで好きなことを続けていれば必ず形になると信じることができ、今の自分がある。そんなふうに誰もが自信を持って好きなことに向かっていけるような“魔法”をかけてあげられたらと思っています。

ダンスを通じてその役目を担いたいということですね。

 

日々の稽古のなかで僕らは何万もの言葉をかけています。すぐには響かなくてもそのうちのたったひとつでも彼女たちにとっての魔法の言葉になればいい。ダンスのプロとして作品づくりに関わりながら、そんな小さな“魔法”を積み重ねていきたいんです。それは彼女たちだけが特別なのではなく、どの子も同じで、将来どんな職業に就こうとも、ひとりひとりが自信を持って自分の人生を築いてくれたらいいという思いで接しています。

これまで国内外で活躍をされてきた浅井さんにとって、中川運河を中心としたこのエリアは故郷であり格別に思い入れのある場所だと思います。地元での活動で大切にされているのはどんなことでしょうか。

 

さまざまな活動を経て、再び地元に戻り同級生たちに会ったら、彼らはすでに町工場の二代目、三代目として頑張っていました。鉄を曲げたり、精密な部品を作っていたり。地元で育まれた技術がしっかりと継承されていることに感動しました。子供の頃は、お父さんは暗い工場で地味な仕事をしているみたいな冴えないイメージしかなかったかもしれない。今、素直にそのすごさを理解できるのは自分たちが大人になったからなんですよね。だからこそ、アーティストである僕らにできることとして、あらためて地域が誇る技術にフォーカスを当てたいと思いました。舞台装置や小道具に生かし、それを見に来た子供たちが舞台芸術を通じて自分のお父さんの仕事を見直し、かっこいいと思えたら素晴らしい。その感動が次の世代のクリエィティビティにつながっていくと信じていているし、それこそが僕にとっての「シビックプライド」だと考えています。

アートもものづくりも同じクリエイティブといえますね。

 

僕自身、アーティストである前に、何かを生み出す創造性や豊かな文化を育てることに興味があります。人材を育てたい思いもそこにつながっています。子供たちへの指導でよく「形容詞を増やそう」と伝えるのですが、何かに対して感じる印象をできるだけ多くの言葉で表現できるようになれば、日常に感動が増え、些細なことにも心が動く。そして生きること自体が楽しくなる。アートを含めた文化は、そのためにあるのだとも思います。

中川運河界隈の未来を見据えたARToC10の取り組みに参加されてきて、いま、このまちにどんな理想を描いていますか。

 

目的によって考え方が変わるのでとても難しいですね。働く人も含めて、そのまちで生活する人々の住み良さを優先するのか、観光資源となるような価値を生み出したいのか。僕個人としては、中川運河の持つ独特の雰囲気、単なる水辺とは違う「倉庫群」という無機質なランドスケープこそがこのエリアの魅力だと思っています。そういう中川運河の「今」を将来にどう残していくかが重要。健全な経済活動があり、住民の憩いの場があり、そのなかに、キャナルアートやARToC10の活動で培われてきたアートがバランスよく存在し機能している。それがひとつの理想形かもしれません。

これからに期待することは?

 

ARToC10の取り組みが次の10年、さらにもっと先まで繋がっていって欲しいですね。その礎として、この地域に何らかの形でアートの拠点ができるといいと思います。中川運河で何かを発信したい、表現したいという志のあるアーティストが集まり、滞在し、活動をすることでまちの人たちとの交流も生まれるでしょう。そんな場所があれば期間を区切った一過性のイベントとしてではなく、常に文化的な価値が息づく魅力あるエリアになっていくのではないでしょうか。